
1曲目からかけて歌が始まった瞬間につらくなって止めました。がんばって2曲目に飛ばしましたが、やはり歌が出たら止めました。高校生の頃よく聞いていました。

ソニーの国内編集盤に先駆けて英ライジングハイからリリースされたファースト。タンツ復活はなかなか難しいだろうが何らかの形でオキヒデさんには活動再開して欲しい。

札幌活動時代唯一のアルバム。この頃はいわゆるUSジャンク以降グランジ前夜的な時期でパンク/ハードコアからどうやって次に進むかそれぞれのバンドが模索していたと思っている。i'm on fireやsilencerがたぶん彼らの回答の一つで、後のI'm standing nowhereに結実していったのだろう。射守矢 雄のベースはこの頃既に確立している。
このアルバム発表後フガジの初来日がなかったら、とか彼らがフロントアクトを務めていなかったら上京はもっと後だったんじゃないか、ひいてはkocoronoはできなかったんじゃないか、など偶然と必然に思いを巡らせる。そして俺はあの時なぜアンチノックに行かなかったのかと自問する。
では皆さん今月末の吉村秀樹会でお会いしましょう。なんてね。

地下鉄でこれを聴いていたら隣の婦人が通話を始め、その内容が彼女が理由を不自然にぼかしてPTAかなにかの打ち合わせに行くのが難しいと言ってのらりくらり逃げているというもので、口元を隠して身を縮ませているが通る地声で話しており、周囲の通勤客の神経を明らかに逆なでしていた。私はこの音楽のおかげで、より具体的かつ積極的に彼女に呪詛を投げかけている気持ちになれた。

録音とダビングとテープの切り貼りの繰り返しで構築された死者満杯の地獄。サティや禁じられた色彩からLL cool Jのリリックまでが同列に扱われるとこんな感じになる。